だがダンは自分に哲学は縁はないし ぼくの夏への扉はもう見つかった

メモ

あああ

「猫SF」とも呼ばれることの多い『夏への扉』

いいい

名作小説「夏への扉」の舞台を日本に移し、映画化した『夏への扉 -キミのいる未来へ-』。主人公を演じた山﨑賢人が、初主演作以来、10年ぶりにタッグを組んだ三木孝浩監督との撮影を振り返った。

ぼくは、リッキイが待っている夏への扉を探し回る夢を見る。2001年4月29日にぼくは蘇生する。目覚めると、ジョンからの伝言があり、現金が準備され、会社は上々の成績だった。

ぼくの夏への扉はもう見つかった。一つに気がかりは、ピートがだいぶ老衰した事だ。ぼくは彼を長期の冷凍睡眠に送ろうと思っている。

タイトル「夏への扉」の意味は、宗一郎の愛猫ピートが、冬になるとあちこちの「扉」を開けさせて「夏」を探すことからです。その「挑戦をあきらめない気持ち」で宗一郎も過去や未来への扉をくぐります。副題の意味は後述。

SF小説でありながら恋愛小説としても楽しめる『夏への扉』。原作では、主人公ダンを慕う少女リッキイの年齢はまだ9歳でした。

それでも、映画『夏への扉 キミのいる未来へ』のメインである「宗一郎と璃子の時を超えたラブストーリー」には十分満足できます。副題「キミのいる未来へ」の主体が璃子であると気づくとさらに泣けてきます。軽く観れるSF映画としておすすめです!

科学技術の進歩がチグハグなのは、原作小説の舞台1970年を改変してるからです。例えば、本作『夏への扉 キミのいる未来へ』の1995年の電話は大きめのコードレスホンですが「瞬間転移」「冷凍睡眠」「ロボット」の技術だけは現実より進歩。

リッキィ所有の文化女中器の大株主としてダンが信頼する人を人事に当て、アラディン社の経営にたずさわらないが、テイヴィス技術会社を作って新たな発明に専念することにした。
リッキィに「私が大人になるのを待っている間楽しかった?」と聞かれ、もしかしたらパラドックス的にいろんな世界があったのかもしれない、と頭をよぎった。だがダンは自分に哲学は縁はないし、ぼくの夏への扉はもう見つかった。
リッキィのおなかには新しい命が宿り、老いを感じさせるようになってきたピートと妻の為に、新しい開発をします。ただしピートは今でもとうしてもドアが夏に通じると信じて、外に出たがる。

『夏への扉』はロバート・A・ハインラインによる1956年にアメリカで発表された“タイムトラベル”もののジャンルを確立させたSF原点小説です。
“タイムトラベル”の一般的な問題、「自分自身との遭遇」「未来からのタイムトラベルによる過去の変更」「タイムトラベルを使って『将来の出来事』を変えることが倫理的かどうか」なども扱っていて『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のアイデアの元になった小説です。また「猫SF(あるいは猫小説)」の代表作としても知られています。

映画『夏への扉 ーキミのいる未来へー』
将来を期待される科学者の高倉宗一郎は、亡き養父である松下の会社で研究に没頭していた。早くに両親を亡くしずっと孤独だった宗一郎は、自分を慕ってくれる松下の娘・璃子と愛猫ピートを、家族のように大事に思っていた。しかし、研究の完成を目前に控えながら、宗一郎は罠にはめられ、冷凍睡眠させられてしまう。

『夏への扉』はロバート・A・ハインラインによる、SF史上に残る名作である。1956年に書かれたが、古さは感じない。「ハイヤード・ガール」を「文化女中器」と翻訳しているのに時代を感じるが、今で言う自走式掃除機をすでに考えていたと思うと感心する。最初の舞台である、書かれた1956年より14年未来の1970年に冷凍睡眠が実用化されている事になっているが、現代の2021年でもまだ完成していない。主人公が冷凍睡眠で35年後の未来の2000年に目覚めるが、やはり滑走道路などの技術は2021年でも開発されていない。作者のアイディアに感心する。

「猫SF」とも呼ばれることの多い『夏への扉』。ハインラインが“世のすべての猫好きにこの本を捧げる”と序文で記していることからもわかるように、本書の中の猫にまつわる描写は、猫好きであればつい満足して微笑んでしまうものばかりです。

タイムトラベル系の物語には「世界線が分岐する平行世界」「世界線は1つのみで改変される世界」の2パターンがありますが、映画『夏への扉 キミのいる未来へ』は後者です。つまり現在の出来事はすでに過去改変が反映されてるのです。

ううう

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