<アダムとイブの話> 神が初めの人間はアダム(男)だけであった

メモ

あああ

<アダムとイブの話> 神が初めの人間はアダム(男)だけであった

いいい

アダムとイブは善悪の木の実を食べたことにより、善悪がわかるようになり、自分たちが悪を犯してしまったことを知りました。

アダムとイブの話で、善悪の知識の実だけは絶対食べてはいけないと神が言っていたのに、蛇(サタン)が唆してイブがその実を食べたという話がありますよね。
ということは、善悪の知識をつけるというのは、神にとって悪であるということなります。
動物に育てられた子供が発見されたと仮定して(実際狼に育てられた少女の話があったようですが、真実があいまいなので別として考えてください)その子供は当然言葉も話せず人としての善悪もわかりませんが、動物と同じように問題なく育っています。
その子供は当然のように保護され、人としての言葉や善悪、常識などを教えられることになりますよね。
だとすると、この場合見つかった子供がイブ、人間が蛇(サタン)と同じになってしまい、神の意思にそむく行為となってしまうのでしょうか?

>>[アダムとイブの話で、善悪の知識の実だけは絶対食べてはいけないと神が言っていたのに、蛇(サタン)が唆してイブがその実を食べたという話がありますよね。
ということは、善悪の知識をつけるというのは、神にとって悪であるということなります。]
○確かにこの文章を読んで善悪について混乱するのは必然かもしれませんね。でもこの文章が生まれた状況まで考察すると本当の意味がわかるはずなんです。
この話は、蛇・サタンの善悪の知恵を学ぶなということで、神や天使の善悪の知恵を学ぶなとは行っていないのですね。この点に気づくと本当の意味がわかるはずですね。
遠い昔、7大天使の一人にルシファーと呼ばれる天使がいました。彼が地に降りた時に、自分が神になりたいがためにやりたい放題して神に反抗したのですね。当然、天国に帰れず地獄に封じ込まれて地獄の帝王になったわけですが、自分の帝国を大きくするために神の善悪とは全く反対の善悪を持ち込み、それを信じたものを自身の弟子にしていったのですね。この話が、「サタンの善悪の知識の実だけは絶対食べてはいけない」なのですが、善悪は一つという概念しかない人々が神の、悪魔の、という区別ができなくなったということなのです。いまでも天使と悪魔の善悪は違うということがわからない人ばかりでしょう。宗教者や信徒でこれがわからないということは皆、悪魔の手中にあるということなのですね。
疑問を持つことは良いことですね。疑問を持てば悪魔の知恵も見破ることができますからね。
指摘の動物に育てられた子供で例えると、この子が人間社会に発見され誰に育てられるかということと同じことなのです。例えば、泥棒に育てられると、この無垢な子供は泥棒になります。正直で真面目な人に育てられると当然、泥棒等にならずに良い子になりますね。
泥棒の知恵は正直者の知恵とは全く違う知恵ということは容易に理解できますね。
そういうことなのですが、善悪二元論は単純であるが見方により悪が善になり、善が悪になるという観点を忘れてはいけないということでもありますね。それさえ理解できれば、古い聖書の曖昧な記述もスッキリわかるはずですね。

蛇に唆されたアダムとイブが、神の禁を破って「善悪の知識の実」を食べ、最終的にエデンの園を追放されるという話の中で…
アダムとイブが食べたとみられる知恵の実というのはリンゴなんですか?
実際に何かモデルがあるのでしょうか?
色とか種類とかあったら是非知りたいです。

※「アダムとイブ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

しかし、誘惑に負けて神に背いたアダムとイブは、神によって堕落した者となったのです。

アダムとイブの物語では神の意思にそむいたので、善悪を知るものになったということです。
私はアダムがイブを強姦したと考えています。
アダムとイブが大きくなったとき神の言いつけを守れなくなって自制がきかなくなったのでしょう。
おちんちんが急に大きくなってムラムラした気持ちのことです。
でもこれは、人間はなぜ罪を犯すのかを考えて考えて考えだした架空の物語と思います。
人間にはなぜ罪を犯すのか?この問題はアダムとイブの問題であって
このときの原罪を受けついているから、人間には不義な思いがあるというキリスト教的な考え方です。
すなわち、その見つかった子供にも原罪を受けついているという考えですね。
でも、この教えはキリスト教が全て正しいのではないです。
もともとこの旧約聖書の一番最初のほうのことですね。
これはユダヤ教もイスラム教も信じていることです。
仏教は、神教ではこのような考え方はしません。
位の高い霊が人間に神からの言葉を与えたシルバー・バーチもこのような考えをしていません。

神はアダムとイブを楽園に住まわせ、そこを耕し、守るようにされました。 そして「園の木から木の実を取って食べてよいが、善悪の知識の木の実だけは食べてはならない、食べると死んでしまう」と伝えました。

現代日本では、歴史の勉強で神話を教えません。
でも、神話を見れば、その国民の考え方がわかります。
日本と欧米の人間の考え方の相違を、神話(ここでは、アダムとイブの話)で見てみましょう。
<アダムとイブの話>
神が初めの人間はアダム(男)だけであった。
神は、アダムがさみしがったので、アダムの肋骨でイブ(女)を作った。
<日本の神話>
最初に登場した神は、イザナギノミコト(男)とイザナミノミコト(女)である。
この2人がSEXして、姉のアマテラスと弟のスサノオができた。
このことを見ると明らかに、「欧米は男尊女卑の思想であり、日本は男と女が対等である。」
となりますね?
欧米人は、現代でこそフェミニズムとかで男女同権とか言っても、元来の男尊女卑の思想をどう思っているのでしょうか?
もう一つ、アダムとイブの話からわかることがあります。
<アダムとイブの話>
アダムとイブは、禁断の実(リンゴは子供に対するごまかしでウソだそうです)を食べた罪で男は仕事すること、女は子供を産み続けること、という罰を与えられた。
<日本の神話>
日本の神話では、神様も仕事をしています。(例:アマテラスは、機織りをしています。)
欧米人は、「仕事は罰として与えられたものだから仕方なくやっている」ようです。
(だから、フランス語の労働である「トラバーユ」は、元来「拷問」という意味だそうです。)
日本人は、こんなことはありません。(何しろ神様でも働いているのだから)
こういう文化の違い、皆さんはどう思われますか?

ううう

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